「全体」は「個」の集約
私達人間に、何故、日本の「江戸時代文化」に存在していたはずの「謙虚心」や「董恥心」や「遊び心」が大切なのでしょうか。
それは、私達が吐く「言葉」であれ、行う「行為」であれ、究極のところ自己正当化以外の何ものでもないからです。
言いかえれば、「この世自体」(全体)が「神のモオチャ」(愛、調和、謙虚、遊び)であって・・・
私達は神のオモチャの「一つの道具」(謙虚、差恥、遊び)として、互いにゲームをし合っているに過ぎません。
人間性にとって謙虚心と董恥心と遊び心は、絶対的に必要とされる要件なのです。
今、全世界の政治家や私達一般国民は、未だ遊び心で延々と自らの政治信念を貫いている中曽根元首相、竹下元首相、金丸副総裁の強たたかな人生観を見習う必要があるのではないでしょうか。
しかして、この世のあらゆる「全体」は「個」の集約です。
世界と比較した場合、勤勉で、謙虚で、差恥心をもち、遊び心を有した日本全体の最高の集約者は、果して誰になるでしょうか。
それは、竹下元総理大臣ですね。
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